妖夜祭フィクションレポート(中編)

前編の続き。

 

 


 

いよいよ夜。入場チケットを手に花やしきへ向かう。

入り口でチケットを渡し中に入ると…そこは昼以上に妖怪ひしめく空間であった。
営業が終わった遊園地の最低限の電灯の中、皆始まりを今か今かと待ちわびているようだ。
…辺りを見回すと中には私のようなお面だけの人やツノだけの人もいた。………なんだ、人でもいいんじゃん。
「諸君!本日はようこそ集まってくれた!!」
ある程度入場の流れが収まったかと思うと突然会場内に声が響いた。
「今宵はハロウヰン!我ら妖怪達も大いに盛り上ろうぞ!!」
声の元を辿ってみると、遠くの方で洋装の猫面の怪人と赤い装束の妖狐…どちらもリーダーのようだ…が始まりの挨拶をしていた。
「いやはや、こんなにも同胞が集まってくれるとは誠に嬉しいことでありんすなぁ!!」
「いかにもいかにも!今宵は皆本来の姿で存分に楽しんでいってほしい!ところで…まさかこの中に人間などはいないであろうな?」
先ほどまで楽しげに話していた猫怪人の告げた突然の刺すような冷たい言葉にギクリとなる。
「こちらの世界に興味を持つのは大いに結構、ただあちらの世界へ戻れなくなっても知らないがにゃあ…引き返すなら今の内にゃ!」
私を言われているようで少し怖くなったが周りには他にも似たような人たちもいる…大丈夫だ。
「まぁそれはさておき。今宵の宴を開催するにあたって、皆に頼みがある!この灯りの落ちた遊園地に皆の素晴らしい妖力で灯りをともしてほしいのだ!灯すための合言葉は覚えておるな?」
おおおぉーーー!!!!
妖怪たちの雄叫びが響く。

「おお、これは頼もしい。さぁ…大変待たせた!!皆で合言葉を!!!!!」
「お菓子を寄越さにゃ…」
「「「あやかすぞーーーー!!」」」

その掛け声と同時に変化は訪れた。
ブワッと何か強い圧のようなものが辺りを駆け抜けていったかと思うと先ほどまで最低限の明かりしかなかった園内が突如煌々と光りはじめ、アトラクションが音を立てて動き出したのだ!!
電気の光とは何か少し違った、呼吸をするように光量を帰る柔らかな光。まさに妖力、不思議な力で灯ったような光であった。
「わぁ……!」
暗かった園内から一転、そのキラキラ光る夜の遊園地の幻想的な雰囲気に私はしばし魅了された。
そのせいか、私の真横をズシン!!と何か大きな物体が横切る衝撃が来た瞬間までもう一つの大きな変化に気づくことができなかった。
「わっとっと、何!?」
横を通り過ぎたのは全長2メートルは優に超えるであろう大きな大きな……鬼、であった。
「えっ、さっきまであんなに大きな鬼どこにも……――!?」
気づくと周りの人間サイズだった妖怪達が大きくなったり小さくなったり…更に本来の姿に次々戻っていったのだ!
今までは人間が親しみを持てるよう人間に近いサイズになっていたのだろう…足元では鼠や蜘蛛の妖怪がチョロチョロ駆け回り、すぐ横を白いふわふわした光が通り過ぎたり巨大な妖怪が闊歩したり!まさに百鬼夜行の有様であった。
サイズが人間と変わるだけでこんなにも恐怖感が変わるものなのだろうか…少し怖気が走った。
先ほど周りにいた人間たちも怖がっているのでは…と思い、入場のときに見かけた人間たちを探す。
「あっ、いたいた……――」
Tシャツにお面やツノをしただけの者達を見つけ安堵して近寄ろうとするも、彼らも歓声を上げたかと思うとみるみるうちに尻尾が生え爪が生え姿を変えていく!
てっきり人間だと思っていた者達も完全に人間に変化していた妖怪だったのだ!
瞬く間に辺りは異形の者ばかりとなり、人の手足をしている者は私くらいになってしまった
「ど、どうしよう…」
少し怖くなり、こっそり帰ろうかと入場口を見たが、そこは妖怪たちを外に出さないためか厳重に封鎖されていて帰れそうにはなかった。
「ううう、怖いけど、このお祭りが終わるまで何とかバレないように過ごさなきゃ…」
ハロウィンの日におどろおどろしい場所ではなく遊園地に集まるような者達だ、きっと見た目は怖いけど心は怖くないのだろう…そう冷静に考えてみると少し落ち着いた。せっかくの妖怪まみれのハロウィンだ少しでも面白いものを目に焼き付けよう。
私は気を取り直して、まるで夜間営業中のように明るくなった遊園地の中を歩き出す。

1番近くにあったのはメリーゴーランドだ。
メルヘンな音楽を流しながら馬がくるくると回っている。そこにまたがるのは人間ではなくもちろん妖怪だ。妖狐や猫又たちが笑い声をあげながら馬に乗っている。動物にまたがる動物妖怪、何だかとても違和感のある光景である。
「申し訳ありません~!付喪神の方々はうっかり落馬して破損などされて浄化されますと責任が取れませんので、ご利用はお断りしているんです~…別のアトラクションをお楽しみください〜〜!」
焦ったような声が聞こえる。
振り向くとメリーゴーランドの待機列の先頭でスタッフの烏天狗が申し訳なさそうに花札頭の付喪神たちに謝っていた。その言葉に彼らはガーンとショックを受けたジェスチャーをした様子だった(顔がないから表情は分からないが。
「て、てやんでえ〜〜!!何てこってえ!!」
「申し訳ございません…」
「てやんでえ!謝るこたァねぇ!!俺らァこんなことでしょげるタマじゃねぇぜ!!」
「そうでぇそうでぇ!俺らはこの宴を盛り上げるために来たんだ!そうとなったら会場を盛り上げることに専念すらぁ!!!」
ショックを受けたのもつかの間花札頭たちは一瞬で気を取り直し、わーーっしょい!わーっしょい!!と威勢のいい掛け声をあげながら会場を練り歩きはじめた。賑やかな妖怪たちである。

会場をさらに歩く。
園内の小さな池の傍に生えた木は無数の桃色の光を宿し、まるで柔らかく光る桜のように周囲を照らしていた。
その池に架かる真っ赤な橋の上を厳つい顔の妖狐と黒いベールで顔を隠した黒兎−−カップルであろうか−−が手を繋いで仲睦まじく散歩をしていた。異種妖怪同士のデートなんて初めて見た。いや、そもそも妖怪同士のデートも見たことなんて今までにないのだが。
なかなか本来の姿で人間界を出歩けることなんてないのだろう、何だかすごく大切な時間を過ごしているように見えた。
じっと観察したい気持ちを抑え、私は橋をあとにし、さらに会場奥へ足を進めた。

園内の少し奥まったところにたくさんの椅子と机のあるスペースがあった。その奥にはいい匂いを漂わせているお店がたくさんあるので食事と休憩のスペースなのだろう。
そこではたくさんの妖怪たちがおつまみを食べてお酒を飲んでいた。店員は全員妖怪だが、売っているものはビールにサワーにオレンジジュースに焼きそばたこ焼きなど、人間界のものだ。目玉とか変な植物とかじゃなくてよかった…。
「かぁーっ!まさかこの本来の姿のままで人間界で酒が飲めるたぁ思わなかったなァ!」
「んだなぁ。人間界の食べ物や酒は美味いからなぁ、人間の姿じゃすぐに腹一杯になって酔っちまう。これならたんと喰えらあな!がっはっは!!」
遠くから飲み会をする妖怪たちを眺めていると、身長2メートル以上はありそうな赤鬼と青鬼がビールを酌み交わしながら話しているのが聞こえた。やっぱり妖怪たちにとっては本来の姿のままで人間界で過ごせるのは特別なことなのだろうか。
みんな本来の姿で思い思いに羽を伸ばして、特別な一夜を楽しんでいるようだ。

それを見ていたら先ほどの恐怖も薄れ、すこしお腹が空いてしまった。高校生だからお酒は飲めないけど…たこ焼きが食べたい。
被っている狐面の紐をキュッと締め直してお店へ向かう。
「すみません!たこ焼きひとつください!」
「はーい、まいどぉ〜、お姉さん、妖狐だね?もっと変化解いて楽しみなぁ〜、こんな日滅多に来ないよぉ〜。」
捩り鉢巻きを巻いた猫又の店主に言われる。
「えっ、あっ、は…はい!すごい妖がいっぱいで緊張しちゃって…」
「あ〜、お姉さん若い妖?生まれた頃から変化し続けてるとそれに慣れるって言うしねぇ〜。ま、好きにしな、ハッピ〜ハロウヰ〜ン」
「ありがとうございます…!」
……ドキドキした。
そうだ。私は変化を全然解いていない妖怪の姿に見えるのだ。これ以上どうなりようもないからやっぱりひっそりやり過ごさなきゃ……。
そう改めて思いながら空いていた席に着く。
美味しそうなホカホカたこ焼きだ。
半面でよかった。外さなくてもたこ焼きが食べられる。
あったかい温度に粉とタコとソースの匂い。たこ焼きを食べるとおなかが満たされるとともに心や安心感も満たされるような心地がした。

「よーぉ、そこのねぇちゃん、相席していいかい?」
たこ焼きを口にほおばっていると声をかけられた。
その声の主は私の返事も待たずに向かいの席に座ってきた。その妖怪も手にたこ焼きを持っていた。
「たこ焼き、うまいよなァ。だが狐の姿だと狐舌で熱くて食ってらんねェ。人間の姿で食うに限るぜィ。なあ?」
その姿は黒い顔に銀色の毛並み、大きな目と真っ赤に裂けた口が印象的な妖狐であった。
首から下は人間の姿をしているから狐面のように見えたが、瞬きをしたり話す声に合わせて口が動いているのでちゃんとした顔だということが分かった。
「そう、ですね。」
私はボロを出すわけにいかずふわっとした同意しかできない。猫舌だけじゃなく狐舌なんてあるのか。
「ねぇちゃんはそれにしても人間の部分が多いなァ?窮屈じゃねえかィ?」
「まだ若くて人間生活のほうが長いのでこっちのほうが…」
たこ焼き屋の店主に言われた言葉そのままである。
「ま、それもあるわなァ。突然四足歩行もしんどいし骨格も変わるもんなァ。俺もそのクチだわ。」
黒い人型妖狐は尻尾をふさふさ揺らして苦笑した。同意してもらえてよかった…。
そして妖狐は自分の残りのたこ焼きをポポポイと口の中に放り込むと
「じゃ、ご相席あんがとさん、ハッピーハロウヰン♪」
と飴をひとつ私に渡して去っていった。

おなかも満たされたことだし、これ以上は目立たないように残りの時間を過ごさなくては。
本当はアトラクションも乗りたかったけどうっかり狐面が外れたら一巻の終わりなので我慢。またお昼に来よう。
楽しげな笑い声をあげながら通り過ぎる妖怪たちを横目に見ながらひっそりと歩く。
と、真横をすごい重圧を感じる存在が通り過ぎた。
見ると、真っ白。視界が白に埋め尽くされた。
見上げると全身真っ白な神様のような妖怪がいた。
身体がとっても長くて2.3メートルはあるだろうか。額には角が生えている。その角も真っ白だ。杖をつきながら音もなく悠然と歩く姿にしばし目を奪われてしまった。
「すごい…神様って本当にいるんだ…」
妖怪の存在がいたことにもものすごく驚いたが神様のような存在もいることにはさらにびっくりだ。神は、いる。
驚きすぎてよそ見をしすぎていたからだろうか。私は前にいた妖怪にぶつかってしまった。
視界が一瞬ブラックアウトする。
勢いよく顔を上げる。ぶつかってしまったのはか弱そうなおじいさんだ。プルプルしている。私はすぐに謝った。
「ご、ごめんなさいおじいさん!よそ見してて…大丈夫ですか!?」
「椿おじいちゃんじゃよ」
「椿おじいちゃん!ごめんなさい!」
「大丈夫じゃよ」
椿おじいちゃんはほっほっほ、と朗らかに笑った。よかった、どこも痛めてなさそうだ。
椿おじいちゃんは椿の木の守り神か何かなのだろうか、服装が全体的に茶色い。
でも、妖夜祭開始後出会った妖怪中で一番人間に近い体型なのでちょっと親近感がわいた。
古い木のように硬そうな茶色い顔に白く長い髭。深く刻まれた笑い皺がとてもよく見えた。
……よく見えた?
カランッ、と何かが地面に落ちる乾いた音がした。
見ると私がマーケットで一目ぼれして買った、白いシュッとした顔つきの狐面が落ちていた。
いつの間にかひもが緩んでいて、さっきぶつかった衝撃でほどけて、つまり、私の顔は……?
「お嬢ちゃん」
椿おじいちゃんが私に問うように話しかけてくる。
  「お嬢ちゃん、さては……人間だね?」

その言葉があたりに響くと、ザァッっと周囲の視線が私に向けられた。
その視線の多さと読めない感情にとてつもない恐怖が走った。
「人間」「人間だ」「ニンゲン」
無表情に見つめる者、ニマニマ嗤う者、呆れ顔を向ける者…。
とっさに地面に落ちた狐面を拾い上げると、そのおぞましい視線、そして口々につぶやかれる人間というワードを振り切るように私は駆け出した、逃げるために。
妖怪たちの目の届かない場所に、暗がりに、物陰に。
――数分走っただろうか。人混み(妖混み?)をかき分けかき分け、花やしきの敷地の端までたどり着き、物陰へ身を隠すと私はうずくまり、一息ついた。周囲には妖怪の気配を感じない。ただ、遠くから明らかに今までの楽しげな歓声とは違った喧騒が聞こえた。
どうしようどうしようどうしようどうしよう
誰一人人間のいない、妖怪だけの空間で、人間は来ちゃいけないって言われた場所で、人間だってばれてしまった、入り口は退場時間まで封鎖されてる、助けを呼んでもきっと外まで聞こえない、何より相手は、"ヒト"じゃない
捕まっちゃうかもしれない、神隠しとかされちゃうかもしれない、食べられちゃうかもしれない、殺されちゃう、かも、しれない、
退場時間まではあと30分くらい、ここで息をひそめていればなんとか隠れきれるかもしれない。押さえきれない体の震えを感じながら物陰で私は小さく小さくなっていた。

と、視界の端を何かが横切った。
ヒッ、と漏れそうになる悲鳴を根性で飲み込み、横切ったものを確認するとそれは小さな鼠であった。
「よかったー、ネズミかあ…」と小声で安堵する。
しかし鼠はそのまま通り過ぎていくかと思いきや、立ち止まって私を見上げると、
パン、パァンッ!と破裂するような音で鳴きながら周囲を飛ぶ勢いで跳ね回った。
「えっ、やだ、なに、」
突然の音と鼠の行為にびっくりしていると
「んぢゅ!人間はそこぢゅか!小玉鼠!!褒めてつかわぢゅ!!」
その音を頼りにしたのか、法衣を着た大きな鼠の親玉っぽい妖怪が子分の鼠をわらわら連れてこちらに向かってきたではないか!
「んぢゅひっひっひ!!人間!覚悟するぢゅ!!ここで手柄を立てればお大尽からの評価も上々好調、拙僧が"た組"のトップになれる日も近いぢゅ!」
何やら野望を独り言ちながら鼠の親玉がじりじり迫ってくる。話を聞く限り捕まったら妖怪の総締めみたいなものに引き渡されてしまうのだろうか…。絶対に嫌だ!!
「あーーーー!!猫だ!!!」
とっさに私は叫んだ。
「ん゛んっ!猫ぉ!?…いやそんな陳腐な猫だましに乗るわけないぢゅ!!」
「オイラを呼んだか!?」
「ぎえーーーー!!!猫ぉ!!?」
マジで来た!!
遊女のように派手な着物を着た化け猫(でも声は男!)が物陰からひょっこり顔を出した。
「おっ!なんだオメエ、人間捕り物の手柄をオイラに譲るために…鼠も学習するんだなあ…ミャハハ!!」
「んなわけねぇっぢゅ!!あっち行けっぢゅ!!」
「やなこった!!ミャハハハハハ!!!」
…猫と鼠が喧嘩しだした。今のうちに逃げよう。
私はこっそりと抜け出し、また妖怪の気配のないほうへと逃げていくのであった。