雪女もとろけるほどのココア

ーー私たち人間が暮らしている人間界、その裏側にひっそりと妖怪たちが住む妖界(あやかしかい)というものがあるそうな。普段は交わらない2つの世界は時折不意に繋がるという。

そんな2つの世界の境にお店を出している怪しげな道具屋が一軒。
その名を『極楽小道具店』という。
そんな小道具店の中では今日も狐面を被った店主がお客さんが来るのを待ち構えているのである…ーー


「うーん、今日もお客さん来ないなあ。暇すぎて尻尾が増えそう」
そう独り言を言いながら狐面の店主、コハクはクアァとあくびをした。
暦も10月となり夏の暑さもずいぶん去って過ごしやすくなってきた。開いた窓の外から入る風には金木犀の甘くて冷たい香りが混ざっている。暇と心地よい陽気も相まりコハクはウトウトし始めていた。ーーそこに

チリンチリンッ。

と玄関に吊り下げられた鈴の音が来客を告げた。
「おっ、お客さんかな?いらっしゃー……」ビュオオオ!「い、ひゃあああ!!!?!?」
その音でパッチリと目を覚ましたコハクがあいさつを言い終わる前に戸の隙間より極寒の吹雪がコハクを襲った!
「えっ、冬!?ついさっきまで秋だったのに!!無理!!!冬眠しちゃう、冬眠しちゃうぅぅぅぅ!!!」
「あぁっ!すみません!!すみません!寒かったですよね!!それ私の力ですっ!やっとお店を見つけられたことに興奮しちゃって……」
突然の冬の到来かとふさふさの尻尾を身体に沿わせるようにくるりと巻いて縮こまってしまったコハクに対して、お店の戸を開けた者が慌てて秋の継続を伝えた。

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「本当にすみませんでした…。私、つい感情が高ぶってしまうと吹雪いちゃうんです……」お客の女性がシュンとしながら言った。
「…へっくしょい!!!いやいや、うっかり冬眠しかけたけどもう大丈夫だよ…ズビッ…。…見た目とその能力的に君は雪女だね?僕あったまるためにココア作るけど、君熱いの飲める?」
「あっ、はい、雪女ですがココアは飲めます!いただきます。私名前を羽雪(ハユキ)、と申します。」
羽雪と名乗った雪女はふんわりと笑った。まさに羽のように地面に降り積もる雪のような柔らかさであった。

「はい、お待たせー。妖狐特製のこっくり極甘ココアだよー」とコハクはマグカップに注いだ熱々のココアを羽雪に手渡した。
「ありがとうございます!えへー、甘いいい匂いー」羽雪はとろんととろけたような表情でココアをフーフーしながらちびちびと飲み始めた。
「ところで羽雪ちゃんはこのお店にどうして来たのさ?見つけた、って言ってたからには何か目的があってきたんでしょ」
「あっ、はい!そうでした!!このお店は何でも願いを叶える道具を取り扱ってると聞いて探してたんです!」
「何でも、ってそんな魔法道具屋ではないんだけどね。うん、どんな願いがあるの?」


「あの…私、火山の町で生きていけるようになりたいのです!!」


「おぉ…そりゃまた大きく出たねえ。」
羽雪の希望に満ちた顔に対してコハクは少し考え込むように眉尻を下げた。

知っての通り雪女は冬や寒い日に出現する妖怪である。その例に漏れず妖界においても雪女は一年中雪が積もる「冬の町」や気候の穏やかなこの小道具店のある「中央町」に住むことがほとんどである。
夏や火山の町でも溶けたり、死んでしまったりすることはないが、雪属性に特化した雪女たちは妖怪たちのエネルギー源である「妖力」を溶岩や炎などの火属性の自然から摂取することが難しいので長時間滞在すると弱ってしまう。火山の町に住む、となると妖力不足の問題が大きすぎるのだ。

「火山の町に一泊二泊の観光宿泊程度なら特にアイテムがなくても大丈夫だと思うけど、住むとなるとね…」
「む、難しいですか…?」
羽雪はショックを受けたような顔をした、が、どこか半分上の空のようにも見える。
「うーん、羽雪ちゃん。」
「ひゃいっ?」
コハクは羽雪の心の奥の奥まで見据えるように見つめた。
「……恋でしょ?」
「ひゃうっ!!」
羽雪の手にあるココアがチャプンと跳ねた。


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コハクに考えを言い当てられた羽雪が語るにはこうだ。
冬の町から中央町に買い物へと出掛けた際に羽雪は道に迷ってしまったという。目当ての店も分からず、現在地も分からず、顔見知りもおらずと半ば絶望しかけた時に見かねて声を掛けてきた者がいたそうな。
「それが赤鬼さんだったんですよぉ!」
羽雪は頬を赤らめうっとりとした表情で語る。頬が赤すぎて今にも溶けてしまいそうだ。

赤鬼は羽雪を目当ての店まで案内し、中央町のことも色々案内をしてくれたのだそうだ。
その優しさに羽雪は赤鬼に恋してしまったとのことである。
今でも赤鬼とは羅印(妖怪たちの主要連絡ツールである)でやり取りをし、中央町で時折逢瀬をしているとのことだ。
「でもお住まいが火山の町だと聞いて…私…」
雪鬼以外の鬼は岩山地帯や火山に住むことを好む。雪女とは全く反対の種族なのだ。赤鬼が冬の町に住むことも難しいであろう。
さっきまでトロンとした表情の羽雪の顔がすっかりと曇ってしまった。そして心なしか店内が寒い。

「ほうほう、いいお話をありがとう。そういうことならいっちょこのコハクさんが恋のキューピッドとして一肌脱ぐしかないね!!確かいいのがあったからちょっと待っててね〜〜」
そういうとコハクは店の奥へと引っ込み、しばらくのち手に何かを持って戻ってきた。
「羽雪ちゃんにはきっとこれがいいと思うよ」
「それは……ブレスレットですか?」
「そう。『炎の巫女の腕飾り』って名のついたアイテムだよ。」
それは革製の紐に炎のように赤い石が所々についたシンプルなブレスレットであった。
「これは昔、焔の神様を祀っていた村の巫女が身につけていたブレスレットだと言われているんだ。この赤い石の部分から強い炎の力を感じない?」
「わ、私がつけたら溶けたり、体調悪くなったりしないでしょうか?」
「そんなことはないよー!焔の神の加護はね、炎に強い種族の強化だけじゃなくて、身につけたものを炎属性に近づける…つまり炎からの妖力を吸収しやすくさせることも出来るのさ。ちょっとつけてみる?」

そう説明するとコハクは羽雪の白く細い手首に腕飾りを巻きつけた。
「つけただけだとよくわかりませんね…」
「だよねー。ちょっと待ってね…ほいっ」
そしてパチンと指を鳴らすとその指先から勢いよく炎が舞い上がった。
羽雪はそれに驚き飛び上がった。
「うひゃあ!!あっ、熱……くない…?ううん、あったかい…。」
羽雪はコハクの指先で燃える炎に手を近づけた。特に暑がる様子もなくまるで焚き火で温まるようにほっこりとした表情をしていた。

「うんうん、ちゃんと効果はあるみたいだね。これをつけていれば火山の町でも特に不自由なく生きていけると思うよ」
「あ…ありがとうございます!!これいただきます!このお店を知ってよかった…」
腕飾りを袋に包んで羽雪に渡すと、羽雪ひうっすら涙を浮かべながら満面の笑みで店を出て行った。
「ありがとうございますー!お幸せにぃー!!」
それをコハクも手をヒラヒラと振りながら笑顔で見送った。




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1ヶ月後
「もう寒い、暇、無理、僕もう冬眠したい」
完全に気候は秋になり、そろそろ冬の寒さも到来するであろうこの日、コハクはカウンターに突っ伏し、ストーブをいつ出そうかと考えていた。
そこに
「どうもー、コハクさーん、郵便でーす」
チリンチリンと鈴の音と引き戸が開く音がし、妖街郵便局の郵便配達員がひょっこり顔を出し、郵便物を手渡していった。
「はいはーい、ありがとー……はがき?珍しいね…」

そこには
〈極楽小道具店さんへ
先日は大変お世話になりました。雪女の羽雪です。
この度赤鬼さんと正式にお付き合いさせていただくこととなり、私も火山の町へ移り住むこととなりました。
コハクさんがくださった腕飾りのおかげで大変過ごしやすく暮らしております。ありがとうございました。                                         羽雪
という綺麗な字の文章と火山の町を背景に羽雪と、大柄で、でも優しそうな顔つきをした赤鬼が仲睦まじく並んで微笑んでいる写真が載せられていた。

コハクはその写真につられたように1人にっこりと笑うと
「なんか僕まであったかくなってきたな」
とひとりごちた。
–––ストーブはまだ先でいいや、その代わり今日は熱々のココアを淹れよう。
コハクは立派な尻尾を揺らし嬉しそうに店の奥へと消えていった