妖夜祭フィクションレポート(後編)

中編の続きです。

 

闇を縫うようにまた別の物陰に身をひそめる。
星形の乗り物がぐるぐる回転しているのが見える。
今度来たら乗ってみたいけど乗ったら酔ってしまいそうな気もする。
そんなことを考えている場合じゃないと慌てて頭を振り、アトラクションから見えないところ、壁と柱の暗がりに身をひそめる。
ここは先ほどの場所よりも妖怪たちの気配が強い、柱の4,5メートル向こうから話し声が聞こえる。そんなに長くは隠れていられなさそうだ。
そもそもさっきのように鼠や小さな動物妖怪たちが蔓延っているのだとしたらどんなに妖怪の気配のない場所でも安心できるところなどないだろう。息を整えたら逃げる態勢にならなくては。
先ほどまで吸えなかった空気を取り戻すかの如く、深呼吸を繰り返しながら周りを確認する。前も後ろも、誰も見えない。今なら柱の真後ろも妖怪が少ないみたいだ。今なら、走り抜けられる!

 


「見ィ~つけたァ~♡」
「うっひゃぁああああ!!!?!?!?」
「しーっ!バレちゃうじゃん!!」
まさかの真上から声がした!悲鳴出したのはあなたのせいだよ。
「やっほー、実はさっきからいたぜィ。」
勢いよく上を見上げるとコンクリートの天井に、まるでそこに重力があるかのようにぶら下がる黒い人型狐が闇に紛れていた。
「あっ、たっ、たこ焼きのお兄さん!?」
「そう。たこ焼きのお兄さんです。」
黒い妖狐はからから笑いながら言う。
「そっかー、さっきからみんなが騒いでると思ったら、君が人間だったのかァ。さっきの変化慣れあるある話も嘘だったのかあ」
「う、ううう、ごめんなさい…。」
「ま、別にどっちでもいいや。しかしさァ、君こんなとこに一人で来ちゃダメだぜ……」
窘めるような声色で妖狐は笑う。でもなんだか目は笑っていないようにも見える。
逃げようか信じようかどうしたものかと思案していると妖狐が真っ赤に裂けた口をさらに歪ませて叫んだ。


「ここだったら誰にもバレずにその魂喰えちまうからなァっ!!」


「ひゃ、ひゃあああ!!」
妖狐は金色の目をギラギラと光らせて私の目の前にズドン、と音を立てて降り立った。
まさにそれは鬼の形相…狐だけど!
私はついさっきまで信じるかどうか迷っていた者の変わりように恐怖と悲しみを覚えたが、とにかく死にたくない一心で彼が降り立った方向とは反対側に一目散に駆け出した。鼻がちょっとツンとして少しだけ視界がにじんだ。

 

まんまと獲物に逃げられた形となってしまった妖狐は、ひとり悔しそうな顔を…別段する様子もなく、さっきの形相はどこへやら、真っ赤な口から真っ赤な舌をぺろりと出して、
「ありゃ…あの子泣いてたな…?ちと驚かせすぎちまったかなァ。ごめんなァ。」
そうつぶやくと音もなく溶けるように闇に消えていった。

 

 

 

「あーーーーっ!!」
「人間だーーー!!」
「見つけたぞーーー!!!」
「追えぇーーー!!」
「いやあああああぁぁぁぁぁ!!!」
とりあえず妖狐からは距離を取った私だが、さっき悲鳴を二回も上げてしまったからだろう、それを聞きつけた妖怪たちがわらわらとこっちに向かってきていた。
しかしどの妖怪も足はそれほど速くない。ジョギング程度のスピードでも距離が取れるのはスタミナのあまりない私にとっては不幸中の幸いであった。
さらに言うと全方向から向かってくると一巻の終わりであったが、こちらも幸いなことにどこか一か所にはなんとか切り抜けられそうな突破口があった。そこを縫うようにひたすらに駆けていく。
屋外だと目立って仕方がない。屋内へ逃げ込もうかと左手にある建物の入り口に向かう。しかしそれを待ち伏せしていたかのようにその入り口から大きな魔法使いの帽子をかぶった重厚な装備をしたカラスのような妖怪が顔を出し、
「ここは入っちゃなりません!!」
と叫ぶと口から紅蓮の炎を吐き出した。あっつい!!思わず入り口から離れる。
そしてカラス妖怪は「御免!」と一言、腰についていた試験管の中から一本を抜きとると地面に投げつけ叩き割る。瞬間閃光が走り、視界がホワイトアウトする。それに目が慣れるとどうしてか建物の入り口はすっかり消え失せて一面の壁だけになってしまった。これでは屋内に逃げ込めない。屋外を逃げ回れということなのだろうか…。
ちょっと絶望した私であったが、ただ先ほどの閃光で私を追っていた妖怪たちも目が眩んだようだ。まだピヨピヨしているので今のうちに距離を取る。

また少し進むと屋外階段が目に留まった。屋上とかに逃げられるのだろうか。期待を込めて少し近寄る。
すると待ってましたと言わんばかりに階段上から骨が大量にガラガラと落ちてきた。
「ひゃっ!」
骨は大きな音を立てて転がり落ちつつも、浮き上がり跳ね上がりしながらだんだんと組みあがる。最後にバサッと派手なオレンジ色の着物が落ちてくるとそれは大きな大きながしゃどくろとなった。
「おっ、ここは行き止まりだぞー?通せんぼしちゃうぞ☆」
派手な服装のがしゃどくろは階段いっぱいに身体を広げると通せんぼのポーズをした。見た目のわりに話し方がお茶目だ。
「ん?肋骨が一本足りないぞ?落としちゃったかな?」
お茶目だ。
ここで無理をしても仕方がない。このまま階段はあきらめまっすぐ進もう。
「転ばないようにするんだぞ!」
意地悪なのか優しいのかわからないがしゃどくろであった。


歩みを止めずに駆け続ける。
そろそろ体力の限界も見えかけてきた。
右手に物陰が見えてきた。よく考えずに飛び込もうとすると、整った顔立ちの白塗りの鬼がスゥッと表れてにっこり微笑んだ…かと思うとクワッ!!っとその顔を一転、般若のような顔になってこちらを睨みつけた!
「ひょああ!!」
「ここはだめです!!あっち行って!!」

駆ける私。
先ほどメリーゴーランドで乗馬を断られていた花札頭の4人組とすれ違う。
「なんでぇなんでぇ!捕り物か!!」
「こいつぁ桐の旦那の出番じゃぁありゃあせんか!!」
「よっ!旦那!!」
「わーっしょい!わーっしょい!!」
花札の付喪神たちも追いかける側に加わった!しかも一人は十手を持っている!!ほ、本格的だ!
どんどん膨れ上がる追手の数に冷や汗をかきながら私は駆ける。

 

妖怪たちの通せんぼや邪魔にあいつつ、なおも逃げると広めの空間に出た。
誰にもお金を入れてもらえないパンダの乗り物が数匹、絶妙な距離を置きながら沈黙していた。彼らも妖怪として動き出すのではないかと思ったがそれも真剣に考える余裕もないくらい疲れてしまった。パンダの背中に手を置きゼェゼェと息をする。
「人間!とうとう追い詰めたぞー!!」
「逃げ道なんかないよー!!」

「てやんでえ!!!」
振り向くと大勢の妖怪がひしめき集まり私のほうを見ていた。
上空にも羽の生えた妖怪や人魂などの妖怪が飛んでいてこちらを見ている。
三方向を妖怪たちに囲まれた。
万事休す、もうどこにも逃げ道などないようだ。
切り抜ける力もない、目もちょっとかすんできた。
このまま私はみんなに寄ってたかって食べられてしまうのだろうか…。
それでも私はほうぼうの体で残された一方、人の腰ほどの高さがある台の上に這って登る。
しかし息も絶え絶えに登った広めの台の先は、私の行手を阻むように高い壁がそびえたっていた。
私はそれに絶望し、もうすべてを諦めきった気持ちでその壁に背を預け、迫りくる妖怪たちを疲れ切った身体で見つめた。広い空間を覆いつくすように、おそらく来場している全妖怪たちが集まっている。その誰もが愉快そうな笑みを浮かべている。
もう、一歩も動けない。

 


瞬間、上から太陽かと思うほどのまばゆい光が降り注ぎ、キーンという耳に痛い音が響いた。

 


「皆の者!大儀であった!!」

 

「人の子も!よくぞここまで逃げ切ったであるな!!」

 

 

マイクを通した大きな声が聞こえた。
これは……オープニングで話していた妖怪たちのボスふたりの声だ。
そして直後に流れる軽快な音楽。
そしてそして台の左右から漫才が始まるかのように出てくる声の主ふたり。
え、なにこれ、どういうこと。どういう状況なの。どうして私は褒められてるの。
一瞬前までの緊迫感のある雰囲気とは打って変わった、気の抜けたような雰囲気に私はついていけず、呆けた顔で二人の顔を交互に見上げた。
「何が起きたかわからん顔をしているな、人の子よ。」
「急に妖怪どもが追いかけてきて、まことにびっくりしたであろう!」
「は、はい…。わ、私は食べられたりしないんですか…」
力の抜けた顔で聞く。
「「「食べないよお!!」」」
妖怪たちの楽しそうな声で返答があった。
その声を聞いて愉快そうに笑った赤い妖狐が続ける。
「入場開始の時からな、人間の匂いがすると思っていたら、本当に人間が紛れ込んでいたとの報告があってな。その勇気と恐れのなさを称えたく思って連れて来いと皆に命じたのだ。」
「うむ、さすが妖怪たちは優秀であるな!無事閉会までにこのステージに連れてきたのであるからな!にゃっはっは!!」
ステージ、と言われてからよく見ると、疲れていて今まで気づかなかったがここは舞台上であった。眩しいのは上からつるされた照明の光であった。
「つ、連れてこられるのはいいとして何でこんなに追いかけまわしてビックリさせる必要があったんですかぁ…」
「それは…」「なぁ…?」
私の力の抜けた声の聞いて妖怪たちの総大将ふたりは顔を見合わせにやりと笑む

 

 

 

 


「「今日はハロウヰン、だからな」」
「「「「「「お菓子をよこさにゃ あやかすぞ!!!!」」」」」」

 

 

 

 

 

楽しそうな妖怪たちの大合唱。
そうか、今日はハロウヰン。私は盛大に、とっても盛大にあやかされたわけだ。

 

 

 

 


 

 

 

 

 

 

「でも…す、すごい…すごい怖かったんですからね…!!殺されちゃうかと…」
いたずら好きの妖怪たちの心意気や面白さは伝わったが、それにしても、すごい怖かった。彼らが危害を加える気はないと分かった今、安心したのかぽろぽろと涙がこぼれてくる。
「なっ!?そんなに驚かされたのであるか!?申し訳ないのである!!泣かないででほしいである!!」
「そうか、人の子にとってはそこまで怖かったのか…。申し訳ない…。」
ボスふたりがオロオロしている。
「たくさんの妖怪に追いかけられて、脅かされて…ひっく…」
「あああ!すまない!すまないのであるー!!」
涙でにじむ視界でステージ下を見ると集まった妖怪たちも申し訳なさそうな顔でオロオロしている。


「ごめんなー」
「おどかしすぎたかー」
「ごめんよぉ」
「泣かないでー」

 

そんな声も聞こえる。
泣いている人を見て困ったり戸惑ったりする妖怪たち。
そんな様子はまるで…
「みんな…笑ったりいたずらしたり困ったり…人間みたいだね」
そんな言葉が口からこぼれた。そしてこんな言葉が出た自分や妖怪たちの様子を見て「ふふっ」と泣きながらも笑みがこぼれた。


「笑った!」
「人間笑った!!」
「わぁい!!」

 

困り顔から一転、わぁわぁと喜ぶ妖怪たち。
その言葉を代表するように赤い妖狐が述べる。
「泣き止んでくれたようで何より!さぁ!人の子も残り少しであるがこの時間、楽しんでいくとよい!!」
その言葉を待ってましたと言わんばかりに妖怪たちが一斉に飛び回り、あるものは私の手を引きまたあるものは私を手招いてこっちこっち!と遊びに誘ってくれた。

 

ハロウヰンの夜はもう少しだけ続きそうだ…―――